歴史

今ではコンビニでいつでもサラ金を利用できる時代です。利用者は1500万を超え、8人に1人が利用している計算になります。ところで消費者金融業はいつ頃から誕生したのかご存知ですか?ご存じない方の為にまずはこの業界の誕生から現在までの歴史を見てみましょう。

サラリーマン金融の誕生と業界団体の設立 1950年〜1975年頃

第二次世界大戦が終結したのが1945年。この頃すでに金融業自体は存在していました。それは「質屋」です。当時は庶民金融といわれていて、日常社会に浸透していました。しかし、戦後日本は急速に経済発展をしてきて国民の所得は増え、モノが余る時代になっていくにつれて、モノの価値が下がり、質屋のビジネスモデルが成り立たなくなって多くのお店が廃業していったのです。

質屋が減少していく過程で、1960年頃に消費者金融は誕生しました。 当時は「勤め人信用貸し」や「団地金融」などといわれ、無担保・無保証ですぐに融資する形態が誕生したのです。質屋のビジネスモデルである「モノ」を担保に融資する形態から、「人の信用」を担保に融資する形態に変化していったのです。

現在大手といわれている消費者金融業者もこの頃に創業しています。先日プロミスと経営統合する事が発表された三洋信販(当時:山洋商事)は1959年に北九州で創業。大阪では1960年にアコム(当時:丸糸呉服店)、1962年にプロミス、京都では1967年にアイフル(当時:松原産業)が誕生しています。東京では1966年に武富士が創業。この頃からサラリーマンの利用者を中心に急速に拡大していきました。
1969年には業界の健全な発展を目的として、大阪の業者11社が集まってJCFA(日本消費者金融協会)が設立されたのです。

一方では、過度な借入をして返済が困難になってしまう利用者も出てきてしまいました。そこでJCFAに研究会を設置して各業者がお互いに利用者の信用情報を共有して、審査の参考資料にできて貸し倒れに陥る利用者を未然に防ぐことを目指し、日本で初めての信用情報機関である(株)レンダースエクスチェンジが1972年に大阪で誕生しました。

社会批判と競争の激化 1975年〜1985年頃

徐々に国内に認知されてくると外資系ノンバングや信販、銀行系のカード会社などが1975年頃から1980年にかけて消費者金融業へ参入してきました。1977年にアブコという外資系が参入、1978年にはジャパン・ハワイ・ファイナンス、ハウスホールド、アイク信販などの10社以上の外資系企業が参入してきて話題になりました。

この頃の国内企業の金利は平均で年間91.25%〜102.2%でした。それに対して参入してきた外資系は年利48%と低金利融資が大きな武器でした。これに対抗すべく1982年の3月には国内大手の業者の金利は41.957%〜49.932%にまで下げられていました。

1977年頃から外資系企業が参入し、激しい顧客獲得競争時代がしばらく続いたのですが、1986年頃にはアイク以外の全ての企業が撤退してしまいました。理由はアメリカスタイルの与信・審査方法が日本では合わず、貸し倒れによる不良債権が増えた事や、日本に参入する時に金利規制を受けて利益が出なかった事が要因と言われています。それ以降1998年までは外資系企業は一件も参入してこなかったのです。

市場の拡大と共に多くの貸金業者が参入し、競争は激しくなっていく中で、一部の悪質な業者の「高金利・過剰貸付・過酷な取立て」という、いわゆる3Kが社会問題になりはじめました。 メディアも次第に消費者金融に批判的な報道が多くなってきて、昭和53年辺りから批判を繰り返し、消費者金融のイメージが大きく損なわれてしまったのです。
国会でもこの問題が取り上げられ、1983年には出資法が改正されて上限金利が109.5%から73%まで下げられたのです。さらに87年には54.75%、91年には40.004%まで下がりました。

冬の時代からの再生 1985年〜1992年頃

83年の法律改正の影響はすぐにでました。次々と中小の貸金業者が倒産・廃業に追い込まれました。83年の貸金業登録数は約23万件だったのに翌年の84年には3万3千件にまで激減してしまったのです。 買収や合併、店舗の統廃合等で各社は生き残りに必死でした。その結果、残った企業の経営基盤は強くなりました。 こうして88年頃からは業界全体の業績は回復していくのです。

大手の株式公開、利用者1000万人超 1993年〜現在

今どき自動契約機なんてめずらしくないですが、1993年に日本に初めて導入され、アコムが新宿と博多に設置しました。95年頃から大手企業が次々と導入しはじめ、テレビコマーシャルも解禁になって女性や若年層の利用者が急増していきます。これに比例して提携ATMやCD(キャッシュディスペンサー)を拡大して利便性が大きく向上していく過程で利用者が1000万人を突破したのです。
そして順調に業績を伸ばしていった大手はついに株式公開を実現します。93年にプロミス、三洋信販、アコムが上場しました。96年には武富士、97年にはアイフルも上場を果たしました。 こうして消費者金融は社会的な地位を築いてきたのです。
メガバンクとも資本・業務提携が進み、04年3月にアコムが三菱東京と、同年6月にはプロミスが三井住友フィナンシャルグループと提携しています。